22. 量的形質の遺伝
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今までに述べてきた遺伝的形質はすべて質的な形質
量的遺伝学では、種類の違いではなく、程度の違いを取り扱う
形質の分類は単位を用いて表す
量的形質の遺伝は普通複雑
多数の遺伝子が関与
ここで多数とは、数が多すぎて個々の効果を判別するのが不可能という意味
したがって、解析には統計的な手段に頼らねばならない
動植物の育種とか、人類の福祉とか、進化の過程の研究とかに関係したきわめて重要な形質の大部分はこの部類に属する
量的形質を支配する遺伝子は次の二つの基本的な性質を持つ
これらの遺伝子は、質的な形質を支配する遺伝子と同じだが、違うのは個々に判別できる表現効果がないという点だけ
これらの遺伝子は構造的または調節的なもの
この両者を区別することは普通にはできないが、問題にもならない
これらの遺伝子の作用は累積的である
これは必ずしも遺伝子作用が厳密に相加的だという意味ではない
しかし、測定される各々の形質には、いくつもの遺伝子が関与しているという意味
第3の特徴が普通存在する
形質が環境の影響を強く受け、しばしば遺伝的効果と環境の効果とを表現型だけから見分けることは不可能
このような遺伝をする形質は多因子形質またはポリジーン形質と呼ばれる
簡単な例
ある種の小麦(コムギ)の交配に見られる種子の色の遺伝
濃い暗赤色の品種と白い品種とを交配すると、F1はすべて中間色となる
次にこれを自家受粉すると、F2には濃い暗赤色のものから白いものまでいろいろの色が現れる
そしてF2のほぼ1/16の種子は片方の親と同じように赤く、同じく1/16は他方の親のように白くなる
table:遺伝様式
遺伝子型 表現型
A’A'B'B' 濃い暗赤色
A'A'B'B, A'AB'B' 暗赤色
A'A'BB, A'AB'B, AAB'B' 中間の赤色
A'ABB, AAB'B 淡赤色
AABB 白色
プライムのついた遺伝子の一つずつが赤い色素をつくるのに単位量ずつ寄与し、対立遺伝子の間に優劣関係はない
これらのF2世代における分離比は、パネットの2乗法によって次のようになる(mtane0412.icon: レジナルド・パネット?)
1/16 濃い暗赤色 (4個の'のついた遺伝子)
4/16 暗赤色 (3個の'のついた遺伝子)
6/16 中間の赤色 (2個の'のついた遺伝子)
4/16 淡赤色 (1個の'のついた遺伝子)
1/16 白色 (0個の'のついた遺伝子)
これら5つの割合は4人の兄弟姉妹のうちで女の子の数が4, 3, 2, 1, 0人である確率と正確に同一であることに注意
ここでも二項定理が現れる
この種の遺伝で3対の因子による仮想的な例として、いまある植物の背丈は、遺伝子型がAABBCCのとき60インチとなり、'のついた遺伝子が一つ加わるごとに1インチ大きくなるものとしよう
例えば遺伝子型A'A'B'BCCでは63インチとなる
今AABBCCとA'A'B'B'C'C'とを交配し、次にF1を自家受精するとF2は次のようになる
1/64 66インチ (6個)
6/64 65インチ (5個)
15/64 64インチ (4個)
20/64 63インチ (3個)
15/64 62インチ (2個)
6/64 61インチ (1個)
1/64 60インチ (0個)
もし4対の因子が関与していると、F2では1/256がもとの高い方の親と同じ高さになる
同じような議論を遺伝子数がもっと多い場合でも行うことができる
図22.1はタバコの2系統および両者のF1およびF2雑種における花の長さの分布を示す
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数百の子孫を調べているが、F2の変異は両親の範囲外に出ることはない
したがって、もとの2系統は多数の遺伝子、すなわち12かそれ以上の遺伝子座で異なっていたに違いない
もし優劣関係や遺伝子効果の代償や、遺伝子相互作用(エピスタシス)や連鎖があれば遺伝子座の数は大きくなる
染色体分析により量的因子の位置を決めること
標識遺伝子を用いて量的形質を分析し、関与する遺伝子の染色体上の位置を決めることが時には可能
よい例はショウジョウバエのDDT抵抗性のポリジーン分析
抵抗性系統の作製
大きな集団が飼育されている箱の中へDDTを次第に多く加えていく
多数の世代の後に、この系統はたいへん抵抗力が高くなった
染色体を識別するために可視突然変異を用いた
雄では交叉が起きないことを利用し、染色体組み合わせを識別できりょうな系統をつくることができた
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染色体は突然変異標識遺伝子(眼の色、剛毛の形など)によって識別され、これら遺伝子はDDT抵抗性とは関係ない
抵抗性のある系統由来の染色体の数が増すに連れ抵抗力が高まるので、少なくとも染色体数以上の遺伝子が関与しているに違いない
染色体内での交叉を検出できる標識遺伝子を用い、いっそう詳細な解析を行った結果、一本の染色体にはいくつもの因子が乗っていることがわかった
この形質には多数の遺伝子が影響を与え、それらの効果は累積的
この種の解析はあまり多数なされていない
労多く、報いの少ない研究だから
難点の一つは、標識遺伝子自体がしばしば問題の形質に影響を及ぼすこと
特に形質が生存力や妊性に関係している場合にはそう
しかし、一般に量的形質が多数の因子によって支配され、その数は個々の効果を認識するには多すぎるほどであり、それらは累積的に働くことがいくつかの実験によって確認された
長期にわたる選択の有効性
選択を多数の世代にわたって行うと、ほとんどどんな形質でも大きく変えることができる
最もよい例の一つは、イリノイ大学で長年行われた実験
油の含量が4~6%のトウモロコシの163の穂から開始
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この場合、1年あたり1世代
選抜系統はもとの系統の範囲をはるかに越える
油含量の高いけいとうと低い系統とのF2雑種の変異性の比較によって、両系統が少なくとも20個の遺伝子について異なり、そのほとんどがもとの集団内で分離していたものに違いないことがわかる
実験の間に起こった新しい突然変異体もその変化に寄与したかもしれない
自殖系統での選択による望む方向への変化率は新しい突然変異に依存するもの
もしこれを任意交配系統における変化率と比較することができれば、選択による変化の内のどれだけが新生突然変異により、どれだけが既存遺伝子の分離と組換えによるものなのかを知ることができる
研究されたほとんどすべての場合で、分離と組換えが圧倒的に重要であることがわかった
人為選択やその類推として自然選択でもその効果は主として集団内の既存遺伝子の組換えに依存する
平均への回帰
子の回帰(filial regression)または単に回帰(regression)
平均から極端に離れた親の子は平均からのずれが親よりも少なくなる傾向
フランシス・ゴールトン(Francis Galton)
チャールズ・ダーウィンのいとこ
回帰の説明は複雑でそれは優劣関係やエピスタシスや環境の影響に依存するが結果ははっきりしている
回帰が起きないような状況
小麦の色の遺伝はよい例
子どもの平均の期待値は常に両親の平均値と同じ
例えばA'A'B'B'(暗赤色)とA'ABB(淡赤色)の交配ではこの期待値は1/4が暗赤色、1/2が中間の赤色、1/4が淡赤色
したがってこの平均は中間赤色で、これは両親の平均値に等しい
優劣関係もなく、エピスタシスもなく、環境の影響もない限りは、上のような関係が成り立つ
もちろん、メンデル性分離と組換えによって偶然的影響が加わるので、平均値のまわりにはかなり広がりができるだろう
因子の数が多いほど、メンデル性遺伝による偶然的影響が減ってくる
色々な影響がお互いに打ち消し合うから
結果を予測し選抜を行う効率からいって、遺伝子の数が多ければ多いほど、そしてその効果が相加的であればあるほど育種家には都合がよい
いかにして優劣関係により回帰が起こるかを完全に説明するのは面倒
効果が対照的になるように、半数の遺伝子座では優性遺伝子が草丈を増し、残り半分の座では劣性遺伝子の方が大きさを増すとする
table: 簡単な例
遺伝子型 草丈(インチ)
A-bb 130
A-B-, aabb 120
aaB- 110
各種の交配を行うとこの平均の期待値は、両親の平均化または集団平均により近い値となる
例えば遺伝子型Aabb(130)の両親から生まれる子どもは3/4がA-bb(130)で、1/4はaabb(120)であり、平均は127.5
同様に小さいもの同士をかけて親よりも大きな子孫の得られることがある
同じような理由から、もし遺伝子座の間で非相加的な作用(エピスタシス)があれば回帰が起こる
優性という語の従来の意味を拡張し、各種の優劣関係を含ませるのと同じように、エピスタシスについても意味を拡張し、遺伝子座間の正確な相加性からのずれをすべてこれに含ませることにする
環境の影響もまた回帰を起こさせ得る
特に背の高い個体がそうなるのは普通は一部は遺伝子により一部はそれに有利に働く環境因子による
もしその子孫が任意の環境で育てられると平均してその背丈は両親ほど高くはならないだろう
図22.4により回帰の現象を説明する
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大きな親の子は、平均すれば両親より小さくなるが、中にはより大きいものもあるかも知れない
同様に、小さな両親の子は平均してその両親より大きくなる
大きさが平均に近い個体の子孫には色々あるので、子の代の全体の分布は親の代の分布と同じになる
回帰の意味することは、環境の影響があるためにそれがない場合に比べて、遺伝の結果を予測することはそれほど正確にいかないということ
メンデル性分離と組換えによる偶然的変異に加えて回帰の現象は遺伝の確実性をへらす
もっともそれは無性生殖の場合に比べずっと興味深いものになる
もう一つの点
完全優性のに遺伝子座の例をとると、F2世代の分布は130インチが3/16, 120インチが10/16, 110インチが3/16得られることが期待されるが、これは優劣関係のない一遺伝子座の場合に期待される1:2:1の分離比とそれほど違わない
この例から、優性が存在すれば、その分布はそれより遺伝子数が少なく優劣関係のない場合に似てくるという一般原則がわかる
すでに述べたことだが、F2世代の分布の幅を調べて、遺伝子数を推定するとき、優劣関係があればその数を過小評価することになる理由をこの原則によって説明できる
量的形質の選択
回帰を考慮に入れて、動植物の育種家は遺伝率(heritability, $ H_N)を用いる
Nは狭義(narrow)から
広義の遺伝率は後述
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遺伝率が$ 1のときは、子の平均は両親の平均と同じになる
遺伝率が$ 0なら、親の表現型は影響がなく、子の平均値は単に集団平均となる
遺伝利が大きければ大きいほど子の平均は両親の平均に近くなる
人為選択では、育種家は一定の水準以上の個体を親に選ぶ
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子の第1世代の個体の手段平均からのずれは、親に選んだ個体の集団の平均からのずれの1/3になる
さらに、子の中からその次の親を選ぶと、そのまた子では平均からのずれは新しい世代の平均からのずれの1/3となる
選択された集団は量的形質の大きさが増加するが、その増加率は遺伝率が$ 1のときに比べ$ 1/3にすぎない
遺伝率のいくつかの例
table: 狭義の遺伝率に関するいくつかの代表的資料
種 形質 遺伝率
ウシ 白斑の量 0.95
ウシ 乳の生産量 0.2
ブタ 出生時の体重 0.06
ブタ 成長率 0.3
ブタ 一腹子数 0.1
ニワトリ 産卵数(年あたり) 0.2
ハツカネズミ 一腹子数 0.1
ショウジョウバエ 剛毛数 0.5
ショウジョウバエ 産卵数 0.2
代表的な例であるが、その値は品種や環境や管理の仕方が違えば異なってくる
当然期待されることだが、これらの例は、適応度に密接に関係した形質は遺伝率が低いことを示す
適応度を増加する遺伝子で選択されやすいものは、過去の選択によりすでにホモ接合またはそれに近い状態になっているので集団の変異性には寄与しない
また生理的な限界もある
例えば、妊性を一定の水準以上に増加させようとすると、どうしても生存力を減らすことになる
もし、一つの形質を改善するにはどうしても他の形質の改善を犠牲にすることになるとすれば、全適応度には本質的な変化はなく、選択はいわば車輪を空転させるようなことになる
適応度の遺伝率はゼロに近づく傾向にあり、新しい環境においてだけ高い値をとる可能性がある
選択によって集団が変化する速度は次の二つの事柄に依存する
その一つは選択を受ける形質の遺伝率
他の一つは集団中の遺伝的変異の量
変異が多ければ多いほど選択の働く可能性が大きい
したがって、近交系や自殖性の種は選択により改良を行うには適していない
育種値
育種計画におけるある個体の将来の親としての価値は、その表現型でなく、その遺伝子に依存する
ある個体の遺伝的な価値は、それは多くの場合育種値(breeding value)と呼ばれる
$ \begin{aligned}G&=M+H_N(P-M)ここで, \\ H_N&=\frac{G-M}{P-M}\qquad(22.1)\end{aligned}
$ Gは遺伝的値または育種値、$ Mは集団の表現型平均、$ H_Nは狭義の遺伝率、$ Pはその個体の表現型値
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育種値は、この個体が子孫にどれだけ寄与するかを表す尺度
トウモロコシの草丈の集団平均が$ 100インチ、草丈の遺伝率が$ 0.4、ある個体の表現型が$ 110インチであるとする
その個体の育種値$ G=100+0.4(110-100)=104
育種値は選択の結果を予測するのに用いられる
子Iの期待値は、両親JとKの育種値の平均
$ 子の予測値=P_I=G_I=(G_J+G_K)/2\qquad(22.2)
育種というものは、これら単純な式から考えられるよりは、もっと複雑な事柄
表現型と遺伝率は、ある個体の育種値を示す最も重要な指標であるけれども、それ以外の情報もしばしば利用できる
例えば、近親個体の成績もその個体の遺伝子型に関する情報を付加する
すなわち、よい群由来の並の表現型値の個体は、劣った群から由来した表現型的にまさった個体より育種親としてまさっている可能性がある
なぜなら後者は幸運な環境の結果、たまたま優れていたのかも知れないから
他の点で同じなら、ホモ接合の個体の方が望ましい
この場合、隠された劣性因子がなく、表現型が遺伝子型を率直に反映するから
したがって、近交係数も有用な情報
このような付加的な情報は、表現型の値を一方の性だけで測定できる個体の育種値を決定する上で特に重要
例えば、ミルクの生産量を扱う場合
雄ウシの育種値は最高に重要であるが、これは近縁個体の表現型やその他の間接的な方法によって決めねばならない
選択の効率を最大にするように、これらすべての情報を総合することは動植物の育種学の主体を成す
このような技術を扱うことは本書の範囲外
一つの雄個体が多数の子の親になり得るときは、その育種値はしばしば直接に求めることができる
その雄は、無作為に選ばれた多数の雌個体と交配されるので、子の平均値を用いてその雄個体の育種値が推定される
この方法は雄ウシのミルク生産量に関する育種値を決めるのに特に有用
もし雌個体が群からの任意標本であれば、この雄個体の育種値は群の平均に子ウシの成績が母親にまさる量の2倍を加えたもの
乳牛では、人工授精により1個体の雄から何千もの娘ウシが得られるので、雄ウシの育種値は、娘ウシが母親よりどれだけ生産量が多いかを調べれば、すぐに決めることができる
狭義の遺伝率の推定
遺伝率を測定するための最も直接的な方法は、選択実験を行うこと
この場合、遺伝率は単に次の二つの量、すなわち子の値が集団平均を越える量と両親の値が平均を越える量との比によって求められる
もし、選択が減少させる方向に行われるものなら平均からの違いは負の記号を持つ
遺伝率を求める間接法は、近縁個体の相関を求めるやり方
相関係数の計算は→付録2. 量的形質の統計分析
相関係数の一つの解釈は、両者が共有する独立で相加的な原因の割合を表すというもの
もし二つの近縁個体が背丈に寄与する遺伝子の1/4を共有し、残りの3/4は独立無関係であるとすれば理論的な相関係数は1/4
狭義の遺伝率は観察された相関係数と理論的な相関係数の比
ホモ接合になった劣性遺伝子の非相加的効果を避けるために単一直系の近縁個体だけを用いることに注意
単一直系の近縁個体というのは、一対の近縁個体の間で対立遺伝子の両方が共に同祖的となりえない関係にあるものをいう
例えば、親と子、半同胞およびいとこは単一直系の近縁個体
これに対し完全同胞は両直系の関係にある
今仮に、2個体の近縁者が1個の対立遺伝子を共有していると仮定する
一方は遺伝子型ABであり、他方はAC
この場合もし各個体から1個の対立遺伝子を無作為に選べば、同一の対立遺伝子を得る確率は1/4(AA, AC, BA, BC)
一般に二つの同一対立遺伝子を抽出する確率は、これは前に親縁係数と定義したものだが、共有する遺伝子の割合、すなわち相関係数の半分のこと
これから次式が得られる
$ 遺伝率H_N=(JとKの測定された相関係数)/2F_{JK}
狭義の遺伝率をはかるもっとも普通のやり方は半同胞の相関を用いること
父親が同一で母親の異なる半同胞を用いるのが最良
なぜなら、これによって母性効果と遺伝的効果とが混在することが避けられるから
また、これによって環境の無作為化が容易にできる
ヒトの背丈に関する半同胞の相関
table:表22.2 ガンビア集団における背丈の相関
父親が共通 母親が共通 完全同胞
相関係数(背丈) 0.140±0.056 0.257±0.101 0.406±0.035
ガンビアでは順時に一夫一婦制が行われる例がたくさんあり、半同胞の資料が多く得られる
標準誤差が大きいことから、二つの相関係数の値はあまり正確ではないことがわかる
その上、年齢のことなった個体からの資料や、父親の同定の誤りなどによる誤差もある
それにもかかわらず、この資料は次の二つの点を示すのに用いることができる
母親が共通の半同胞では、相関が高いのは少なくともこの集団では背丈の決定に母親の因子が重要なことを示す
このような因子には、出生前の影響、母乳の質と量および共通の家庭環境が含まれる
これらの値から狭義の遺伝率の推定値として$ 4\times0.14=0.56という値が得られる
もう一方の半同胞相関係数の値を用いれば、$ 1より大きいという無意味な値になってしまうことに注意
二つの半同胞に関する値を加えると、完全同胞に関する値になるという事実は、この資料に関する限り、優性(すなわち、劣性ホモ接合の影響)が重要でないことを示す
広義の遺伝率
狭義の遺伝率は親の表現型がどれだけ子孫に伝えられるかを表す量
これに対し、広義の遺伝率は個体の表現型のうちのどれだけの割合がその遺伝子型によるものかを表す量
ここでもまた集団平均からのずれを用いて表す
文献では時に遺伝率という言葉が両方の意味に用いられることがあるので混乱を生ずることがあるように思われる
動植物の育種家は選択による改良にかかわっており、当然狭義の遺伝率に興味をもつ
心理学者や人類遺伝学者は、遺伝と環境の両因子の相対的影響を推定することに興味を持っているので、普通広義の遺伝率を測定する
次のような問題を考える
もしある人の背丈が集団平均よりx単位だけ高いとしたら、この高い分のどれだけが背丈を伸ばす遺伝子によるもので、どれだけが背丈を高めるような環境因子によるものだろうか
集団中に存在する変異のどれだけが遺伝的な差によるもので、どれだけが環境の違いによるものか
もしすべての人を全く同一の環境で育てることができたとしたら、どれだけの変異が残るか
広義の遺伝率はこの二つの問題に解答を与える
第1の問題を考えるために、育種値と似たやり方で遺伝子型値を定義できる
もし、優性やエピスタシスがたくさんあれば遺伝子型値は育種値と非常に違ったものになるかもしれない
遺伝子型値または遺伝的値$ Hの一つの定義
$ H=M+H_B(P-M)\qquad(22.3)
ここで$ H_Bは広義の遺伝率
例えばもし男性の背丈の広義の遺伝率が$ 0.8で、集団平均が$ 70インチであるとすると、背丈が$ 80インチの男性の遺伝子型値は$ 78インチ
第2の問題に答えるためには、変異が正しく測定されていることを確かめねばならない
ここで測るのは分散、すなわち集団平均からのずれの2乗の平均値
この定義によれば、$ H_Bは分散の中で遺伝的な違いによる部分の割合を測る量といえる
背丈の話を続けると、今すべての人を同一の環境で育てたとすると分散の大きさは今の80%に減少するだろう
逆にもしすべての人が同一の遺伝子型であれば、背丈の分散は20%に過ぎないことになる
この場合、遺伝子型と環境との間に相互作用または相関がないという暗黙の仮定がしてある
よい例はセオール・ライト(Sewall Wright)によるモルモットの近交に関する有名な研究から得られる
観察の対象になった形質は白斑の量
もとの集団における白斑の量の分散は$ 0.573
ここでの単位は複雑なもの
ライトがほとんど白だったり、ほとんど黒だったりする個体で、変異性が小さいという事実を補正するような交換を導入したから
近親交配を何世代も行い$ Fが事実上$ 1となったところでは近交系内での分散は$ 0.340であった
これらの値を用いて表22.3の数値をすべて求めることができる
table: 表22.3 モルモットにおける白斑の量の分散の成分
分散 全体に対する割合
遺伝子型 0.233 0.407=H_B
環境 0.340 0.593
全体 0.573 1.000
例えば、引き算によって遺伝子型分散を求めることができる
この場合には広義の遺伝率はほぼ$ 0.4であり、したがってもとの任意交配集団における分散のおよそ60%は環境によるもの
白斑の原因の内の60%は環境によるものと同定したが、実際の原因となる因子についてはわからない
ここで環境と呼ぶものの中には、胚発生の時期における偶然的なできごとなどの、普通には環境と考えられない因子も含まれる
この方法の長所
環境の影響をたとえその影響の内容がわからなくても測定できる点
この方法の弱点
これら影響の実態を同定する手段を与えてくれない点
この例はまた、広義の遺伝率の計算を示す
すなわち、遺伝的に均一な個体だけを任意環境で育てた時、変異がどれだけ減るかを測定することにより求められる
人類集団では、広義の遺伝率を測定する方法は別々の家庭で育てられた一卵性双生児の間の相関係数を求める方法に頼っている
例えば、H.H.ニューマン(Newman)は幼児期にはなされて別々の家庭で育てられた19対の一卵性双生児を研究した
相関係数は、背丈については$ 0.95であり、体重については$ 0.90であった
これらの値は、標本が小さいために不確か
また、双子が離される前の大変早い時期の影響を含むため過大評価の可能性もある
その上、双子が育てられた家庭はアメリカ合衆国の全家庭からの任意標本に比べれば、ずっと似ているかもしれない
しかし、大部分の研究の結果は、体重や特に身長は、アメリカ合衆国や英国では、環境より遺伝によってずっと強く決まる点で一致している
環境因子も何がしかの役割を果たすことは過去100年間に平均身長が増加したことによって明らかに示される
この場合、身長の実質的な変化を説明するのには、遺伝子頻度の変化はあまりにも少なすぎるし、ヘテロ接合の減少も量的には不十分
相互作用と共分散
これまで遺伝因子と環境因子とは独立に働くと仮定してきた
多くの動植物の育種実験では、この仮定は一時近似としてかなりよく合う
しかし、正確に言うとほとんど真実でない
相互作用は遺伝子型と環境の効果が相加的にならないときに起こる
すなわち、環境の効果が遺伝子型によって異なるときに生ずる
音楽的な才能にめぐまれた子どもは、音痴の子より音楽の教育から利益を受ける程度が大きい
トウモロコシのある系統は砂地でよく育つが、別の系統で粘土質でよく育つものもある
砂糖は遺伝的な糖尿病の子どもには有害だが、正常な子どもにはそうでない
相互作用による分散はヒトの量的形質の分析を行うのに厄介
家畜や植物の育種ではそれは多くの場合無視できるほど小さいが、時には重要なこともある
例えば、雑種トウモロコシの改良にあたっては遺伝子型の多くのはどの環境でも成績が悪いので、これらはもちろんすぐに取り除かれてしまう
しかし、最良の雑種の中にも成長期間の長い時に成績がよりよいものもあれば、乾燥した気候によいものとか、特殊の土壌の型に適したものとか色々ある
特殊の環境に適した特定の雑種を選ぶことにより育種家は遺伝子型と環境の相互作用をうまく利用できる
多くの医療では遺伝子型と環境の相互作用をうまく用いている
ある遺伝子型のヒトにはインシュリンの投与が助けになり、別のヒトには減塩食が有益
これに対し、大部分の量的形質では環境の効果の原因はよくわかっていないので、遺伝子型と環境の相互作用は統計的な抽象概念にすぎないか、簡単な解釈に対する邪魔者にすぎない
遺伝子型と環境の共分散は各種遺伝子型が異なった環境に無作為に割り当てられない時に生ずる
もし農夫が彼のもつ最良のウシを最悪のウシよりよい飼料で育てたとしたら、このために共分散を生ずることになる
もし音楽的才能のある子どもは音楽学校に行き、才能のないこどもは行かないとすると、この場合も共分散を生ずる
よく計画された実験では共分散は問題ではない
適切な無作為化によって取り除かれる
しかし、ヒトに関する資料、特に行動に関する形質については共分散があると、解釈を難しくする
近縁者は、遺伝子に関してはもちろんだが環境についても相関がある
資料の乏しいことからしても、相互作用や共分散を扱うことの難しさ、および測定法を考案することの困難性から考えて知能やその他のヒトの行動に関する形質の遺伝率について疑いをもたれているとしても驚くにあたらない
→23. 遺伝と進化